旅するようにプロダクトを作る——生の感覚を味わう楽しみ

旅に行くとき、何が楽しいですか?
観光名所に行くことですか?美味しいものを食べることですか?

それももちろん楽しいけれど、私にとって本当に面白いのは、同じ場所を見ても人によって感じ方が全然違う、飾らない生っぽい瞬間に出会ったり、感じたりすることです。

「あ、この人はこの景色を美しいではなく、懐かしいと感じるんだ」
「私はこの作った人のこだわり見えて面白いけど、あの人にはここは退屈に見えてるのかな」
「昔ここに住んでた人は、この装飾を作るためにどのくらいの時間をかけて何を思ってたんだろう」

そんな違う文化や生き様の価値観の違いや感覚を味わったり感じたりできるのが私の旅の醍醐味です。

映画や広告は楽しいけどなんかちょっと違う

映画や小説ももちろん好きです。でも、どうしてもわかりやすく作られていたり、考える範囲が限定的だったり、生っぽくない気がして、別の楽しさだなと思います。

脚本で整えられた感動より、人間の矛盾や迷い、生っぽい感情の方がリアルで面白い。
ドキュメンタリーも一応リアルだけど、心理描写をきれいなところだけ編集してしまうから、逆に嘘っぽく感じる。私は、雑で、生々しい感情や思考がそのまま出ている、無理しない感じが好きなんだと思います。

プロダクト作りも同じ感覚だと気づく

そんなことを考えてたら、私にとっての旅の価値とプロダクトを作る意味って似ているのかもしれないと気づきました。
作っているときは、「こんな人がこれを使ったら心地よいかも」と使ってくれる人の生活の理想を想像して没入しながら、材料や形、機能をあれこれ試します。
でも、こには実際に販売する価格が高くなりすぎたら、私が届けたい人に届けられないから、見た目を打倒に落とし込むか機能を削ぐかなどの必要があり、理想との矛盾も生まれます。それを整理して、納得できて届けきる姿まで昇華させる時間も大変だけどやり遂げた時に楽しいんです。
絵に描いた餅ではなく、なるようにしかならないけどでもそれが現実っていう感じが、実際に生きている感じの自然体で無理してない感じに似てていいのかな。

完成したプロダクトは、旅先で偶然見つけた建物や感情みたいに、そこにあるからこそフィクションじゃなくて、生っぽくて、ちょっと雑で、矛盾もあるけどリアル。飾らなさが味わい深くて、嘘がない感じがなんかいいなと思います。

でもものを作っても届けないと伝わらない

どんなに面白く誠実に作ったとしても、知って買ってもらえなければ誰も使ったり飾ったりしてくれません。
だから、興味を持ってもらうために嘘はなく誇張したりファンタジーを入れたりするPRや広告も必要だと考えています。
正直、私にとって作っているときほどワクワクはしないけど、届けなければ評価も感想も分からないし、一方通行の押し付けになってしまう。だからこそ届ける仕事に対しても真摯に取り組むし、リスペクトも持っています。

やっぱり願った人に使ってもらう瞬間が一番楽しい

プロダクトを作ったあとで一番面白いと感じるのは、売れているという事実です。
作ったものが誰かの手に届き、実際に使ってもらって、リピートしてくれたり、誰かに「いいよ」とすすめてもらえる。その連鎖で広がっていく瞬間は、本当にワクワクします。
そこには媚びやコネはなく、見た目・機能・価格のバランスがうまく噛み合ったからこそ生まれる自然な結果です。
便利だと思ってもらえたり、誰かの心にちょっと残ったりする感覚が、嘘や無理のない形で見える瞬間が、私はすごく好きです。
作る喜びはもちろん自分の中にあるけれど、使う人がそこに反応してくれることで、初めて本質と「会話」できた感じがする
その瞬間に、作ることと届けることの意味が重なって、すごく生きてる感覚を味わえるんです。作る喜びは自分の中にあるけれど、使う人が反応してくれることで、初めて本質と「会話」できた感じがします。

プロダクトは旅の道具

私にとってプロダクトって、ただのモノじゃなくて、生の感覚を人に届ける道具だなって思っています。
作ってるときも、届けるときも、旅をしてるみたいな感覚があって、迷ったり悩んだりしながら形にしていく時間がすごく楽しいんです。

完成したものが誰かの生活の中で使われたり、飾られたりしているのを見ると、やっぱり嬉しい。
それがあるから、作る楽しさも届ける意味も両方感じられるんだと思います。


だから、もし「ただきれいなだけじゃなくて、触れて楽しい、生活の中で使いたくなるプロダクト」を一緒に作りたいなって思ってくれる人がいたら、ぜひ一緒にものづくりしたいなあ。

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